大阪高等裁判所 平成6年(ネ)1839号 判決 1999年3月30日
平成六年(ネ)第一八三九号事件被控訴人、
康華
同年(ネ)第一九七七号事件控訴人、
平成七年(ネ)第二一二九号事件被控訴人
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一九七七号事件控訴人
亡山下数男訴訟承継人山下せつ子
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一九七七号事件控訴人
悦正禎
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一八三九号事件被控訴人、
亡平本良國訴訟承継人平本一子
同年(ネ)第一九七七号事件控訴人、
平成七年(ネ)第二一二九号事件被控訴人
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一九七七号事件控訴人
齋木福右衞門
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一八三九号事件被控訴人、
亡久保重彦訴訟承継人久保勝實
同年(ネ)第一九七七号事件控訴人、
平成七年(ネ)第二一二九号事件被控訴人
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一八三九号事件被控訴人、
吉野秋吉
同年(ネ)第一九七七号事件控訴人、
平成七年(ネ)第二一二九号事件被控訴人
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一八三九号事件被控訴人、
石黒重範
同年(ネ)第一九七七号事件控訴人、
平成七年(ネ)第二一二九号事件被控訴人
(以下「一審原告」という。)
平成六年(ネ)第一九七七号事件控訴人
亡明石正三郎訴訟承継人明石智惠子
(以下「一審原告」という。)
右九名訴訟代理人弁護士
山﨑満幾美
同
小貫精一郎
同
宗藤泰而
同
吉井正明
同
山根良一
同
永田徹
同
梁英子
平成六年(ネ)第一八三九号事件控訴人、
三菱重工業株式会社
同年(ネ)第一九七七号事件被控訴人、
平成七年(ネ)第二一二九号事件控訴人
(以下「一審被告」という。)
右代表者代表取締役
増田信行
右訴訟代理人弁護士
山田作之助
同
羽尾良三
同
竹林節治
同
畑守人
同
中川克己
同
門間進
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
ただし、原判決主文中の一審原告のうちの「康泰華」とあるのを「康華」と、「斉木福右ヱ門」とあるのを「齋木福右衞門」と、「同久保重彦」とあるのを「亡久保重彦訴訟承継人一審原告久保勝實」とそれぞれ更正する。
二 控訴費用のうち、平成六年(ネ)第一九七七号事件に関するものは一審原告らの負担とし、その余は一審被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 平成六年(ネ)第一八三九号事件
1 一審被告
(一) 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
(二) 一審原告らの請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審を通じ一審原告らの負担とする。
2 一審原告ら
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は一審被告の負担とする。
二 平成六年(ネ)第一九七七号事件
1 一審原告ら
(一) 原判決を次のとおり変更する。
(二) 一審被告は、一審原告らに対し、各一一〇〇万円及びこれに対する昭和五六年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一審原告らは、控訴に際し、請求を一部減縮した。)。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。
(四) 仮執行の宣言
2 一審被告
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は一審原告らの負担とする。
三 平成七年(ネ)第二一二九号事件
一審被告は、仮執行の原状回復及び損害賠償として、「別紙目録<略>記載の一審原告らは、一審被告に対し、同目録の給付金額欄記載の各金員及びこれに対する平成六年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。
第二当事者の主張
一 原判決の引用
当事者の主張は、次の二項のとおり付加し、以下のとおり補正するほかは原判決の事実摘示のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
<以下略>
理由
第一当事者
一 原判決の引用
二項において訂正するほかは、原判決理由欄の「第一 当事者」欄記載のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
なお、以下の原判決理由欄の引用において、一審原告の「康泰華」を「康華」と、「斉木福右ヱ門」を「齋木福右衞門」といずれも改める。
二 当審における訂正
一審原告であった久保重彦は、平成八年二月二四日に死亡し、その相続人である長男久保勝實が、遺産分割により、久保重彦の本件地位を承継した(当事者間に争いがない。)。なお、右承継に伴い、以下の原判決理由欄の引用において、「原告久保重彦」を「亡久保重彦」と、「原告久保」を「亡久保」と改める。
第二振動障害
原判決二五一頁四行目の次に改行の上、以下のとおり付加するほかは、原判決理由欄の「第二 振動障害」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
「一審原告らは、近年に至るまでの研究成果の動向などから振動障害に関する学説が全身障害説へ移行しているとして、本件訴訟においても全身障害説を採用すべきである旨主張する(事実欄第二の二の(総論関係)1(一)参照)。しかし、前記認定のとおり、ロンドン会議においては、局所振動により自律神経系への影響が起こるとの確信はできないとされており、今日に至るまで右結論を大きく左右させる研究成果は現れていないといってよい(<証拠略>)。一審原告らは、(人証略)がロンドン会議出席者の合意と異なるまとめをされた旨主張し、同証人は、原審第一四回口頭弁論(昭和五九年一月二七日)において、ロンドン会議は国際的な振動障害の現状把握、今後の重要な研究課題を探るための会議に終わった、全員の合意による結論は作られなかった、議事録は公表されることになっているが印刷途上と思うと証言している。しかし、右証言後に発表されたと思われる報告によれば、ロンドン会議において、振動障害は、すべての障害が末梢障害であり、循環障害、感覚・運動神経障害、筋・骨格系の障害とする合意が得られたと報告されているのであるから(<証拠略>)、右証言はすぐには採用できない。さらに、一審原告ら指摘の学説のうちロンドン会議以降の学説等の内容(事実欄第二の二の(総論関係)1(一)(1)オないしサ参照)は、その主張及び引用の書証からしても全身障害説への可能性を示唆するものではあるが、そのほとんどはいまなお研究途上にあるということができ、局所障害説を否定するまでに至ったというものではない。樋端・三宅鑑定は、一審原告らと同趣旨の指摘をするが全身障害説を採用すべきであるというものでもなく、有村・林鑑定は、振動障害の中枢神経系への影響を示唆する主張が一部にあるが、現段階では国際的にも国内的にもそれを確認できる神経学的根拠は提出されていないとしている。したがって、現段階においては、全身障害説を採用するのは相当ではなく、局所障害説を正当なものとして、これに基づいて以下検討する。」
第三振動障害についての医学的知見と政府の対応等
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第三 振動障害についての医学的知見と政府の対応等」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二五九頁一二行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を、同二六〇頁三行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」をそれぞれ加える。
2 同二六二頁五行目末尾に続いて、以下のとおり加える。
「右各研究において問題とされた振動障害の徴候は、ほとんどが蒼白現象、しびれ、チアノーゼなどの手指のレイノー現象であった。」
3 同二六三頁九行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「この時期以後における研究対象は、チェンソーによる振動障害の研究にかたより、そのほかの対象としてわずかに鉱山のさく岩工、鉄道工場のハツリ工、保線工における振動障害等の報告例が見られる程度であった。」
4 同二七〇頁一行目の「民間労働者については、」の次に「企業側の協力が得られないこともあって、」を、同頁二行目の「昭和四九年以降において、」の前に「労働省が前記のとおりチェンソー以外の振動工具についての通達を発したころの」をそれぞれ加える。
第四一審被告神戸造船所における振動工具使用状況
原判決理由欄の「第四 被告神戸造船所における振動工具使用状況」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
第五一審被告の債務不履行責任
以下のとおり、付加、訂正するほかは、原判決理由欄の「第五 被告の債務不履行責任」欄記載のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二八七頁四行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、右のような安全配慮義務の内容は極めて抽象的であり、一審原告らの具体的作業内容等との関連において個別具体的な安全配慮義務の内容が特定されていないから、安全配慮義務の履行やその不履行についての帰責事由の不存在を主張、立証し得ない旨主張する(事実欄第二の二(総論関係)2(四)参照)。しかし、一審原告らの主張した安全配慮義務の内容は、前記のとおり、本件振動工具の使用により振動曝露にならないようにすること、その予防のために振動工具を使用しないような作業工法への改善及び振動工具そのものの改善をすること、振動工具を使用するとしても振動曝露防止のための振動保護具等の活用をすること、振動に曝露されている時間を短くすること、振動曝露の職場からの一審原告らの配置転換などであり、右内容は、原判決の事実欄第二編各論において、一審原告らの作業歴と振動工具の使用状況として主張されていることを併せ考慮すれば、より具体化されて主張されているといえる。安全配慮義務が、前記説示のとおり、労働者の生命、身体、健康等を危険から保護すべき義務であり、これらに対する危険な侵害の予防、除去は何にもまして最優先すべきものといえるから、一審原告らにより労働安全衛生法上の前記各規定に基づき右安全配慮義務違反の事実を主張すれば、債務不履行の事実としての安全配慮義務違反の事実の主張としては十分であり、右以上に一審原告らに具体的な安全配慮義務違反の事実主張を要求することは、安全配慮義務を認めた前記趣旨に反するというべきである。また、一審被告は、右安全配慮義務違反の事実が認められた場合に、抗弁として自己に帰責事由がないことを主張、立証すべきことになるところ、帰責事由の不存在は、右安全配慮義務違反の事実と関連するものではあるが、危険の予知又は除去の不可能あるいは不可抗力等の事実がこれに当たると考えられる。そうすると、一審原告らの前記主張のような安全配慮義務違反の事実程度の主張であれば、一審被告としては、どのような事実が帰責事由の不存在であるかを予期することは可能であり、本件において、一審被告は、原判決の一一九頁(45頁2段8行目)以下の事実欄第一編総論第三章においてみるように、安全配慮義務の予見可能性の生じた時期が昭和四九年であること、一審被告による安全衛生対策を実施していることを主張しており、その主張内容からして一審被告に不意打ちを与えるようなものではないといえる。したがって、一審被告の前記主張は採用しない。」
2 同二八八頁六行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加える。
3 同二九二頁三行目の「いたが、」を、以下のとおり改める。
「いたもので、例えば、一審被告の作業長から製品を何日までに間に合わせるように指示されたりしていたほか、」
4 同二九三頁七行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、社外工についてはあくまでもその所属する下請企業に対する指導、協力といった内容の義務を負担していたにすぎず、社外工に対して直接何らかの義務を負担しているものではない旨主張する(事実欄第二の二(総論関係)2(五)参照)。しかし、前記認定のとおり、一審原告らのうちの社外工は、一審被告神戸造船所の構内で、一審被告の指示に基づき一審被告の本工と一緒に同一の作業をしたり、一審被告の職制から指示を受けた下請企業のボーシンの指示により下請企業のためにもうけられた区画で作業したり、使用工具に関する圧縮空気等の提供を受けていたことなどからすると、一審被告は、社外工に対する前記安全配慮義務を負担していたといえるから、一審被告の右主張は採用しない。
第六抗弁(一審被告における帰責事由の不存在)
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第六 抗弁(被告における帰責事由の不存在)」欄記載のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三〇九頁九行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、昭和四九年以前の産業界の労災認識は林業にかたよっていたこと、チェンソー以外の振動工具使用による振動障害についての医学的調査、発表等は注目されたものではなかったこと、チェンソー以外の振動工具の具体的な使用上の注意点も明確ではなかったこと、一審被告のような製造業においてチェンソーとそれ以外の振動工具であるハツリ・研磨用工具とが共通の性質を有することを理解することは困難であったことなどから、昭和四九年以前において、チェンソー以外の振動工具使用により障害が引き起こされることは予見できなかった旨主張する(事実欄第二の二(総論関係)2(三)参照)。しかし、前記認定したところ(原判決二五九頁以下の理由欄の第三参照)のほか、証拠(<証拠略>)によれば、昭和三五年前後ころから、使用する振動工具の増大につれて局所振動障害についての報告が相次いで出されたこと、振動工具を使用する産業領域も造船、製缶、鋳物、鉄道、製鉄、鉱山、建設などに広がり、使用する振動工具もさく岩機、ニューマチックハンマー、グラインダー、サンドランマー、スケーリングハンマーなどとなったこと、昭和一八年から昭和四一年ころまでの専門家の報告においてもチェンソー以外の振動工具を使用してレイノー現象が出現したとされる職種として、鋲打工・造船鋲打工・鉄道工場鋲打工・造船填隙工・製缶ハツリ工・造船鋳物ハツリ工・さく岩工などがあげられていること、各種産業分野では振動障害の調査を余り歓迎せず、問題を避ける態度であったこと、この時期、産業医学会では振動障害を大きく取り上げることはなかったこと、ところが、昭和四〇年三月にNHKテレビでチェンソー使用者の中に発生した手指の蒼白現象を『白ろうの指」として報道されて以来、一躍社会の注目を浴び国会の社会労働委員会もこの問題を取り上げる情勢となり、局所振動障害が林業のみならず鉱業方面においても再び注目を浴びるようになったこと、昭和四〇年の局所振動障害研究会の設立により、局所振動障害の研究が飛躍的に発展するようになったことを認めることができるから一審被告の前記主張は採用できない。」
2 同三一〇頁六行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「3 一審原告らは、一審被告が、昭和二二年、遅くとも昭和三五年には一審原告らの使用する振動工具により人体に障害が発生することを予見できた旨主張する(事実欄第二の二(総論関係)1(三)参照)。しかし、前記認定のとおり(原判決二六一頁以下参照)、昭和二二年に労働基準法施行規則において『さく岩機、鋲打機等の使用により身体に著しい振動を与える業務に因る神経炎その他の疾病』が業務上の疾病に指定されたとはいえ、その振動内容は神経炎を中心に考えられていたであろうこと、医師ら専門家の調査研究による振動障害の程度は、それ程ひどいものではなく、その従事作業に支障があるのは少ないとされていたこと、振動障害についての調査研究が医学関係者の間でも広く関心を持たれる状況ではなかったこと、昭和二二年当時は、鉱業、土木建設におけるさく岩機、チッピングハンマー及び鋲打機の使用による障害が大半であったとされていること(<証拠略>)からすると、一審被告が、昭和二二年当時、造船業の分野において、一審原告らの当時使用していた振動工具により人体に障害が発生することを予見できたとまではいえない。また、一審原告らは、昭和三五年に予見可能であったとして、昭和三五年に一審被告が作成した安全衛生冊子(<証拠略>)の記載内容を指摘する(事実欄第二の二(総論関係)1(三)参照)。しかし、右安全衛生冊子は、『訓練生に対する危険業務及び危険有害業務に関する労働省令』に基づき、船殻課内作業における養成工指導のためのものであること、訓練生に就かせることのできる業務として『さく岩機、鋲打機等の使用により著しい振動を受ける業務』の欄が設けられ一審原告ら指摘の個別的指導内容を記載していること、さく岩機、鋲打機以外にどのような振動工具がこれに該当するのかは明らかにされていないこと、昭和二五年ころ以降、振動工具としてさく岩機、チッピングハンマー及び鋲打機以外の振動工具が多くの産業職場で使用されるようになったが、振動障害が大きな社会問題になることもなく、産業界等において医療面・予防面・補償面の対策が十分とられていなかったこと(<証拠略>及び弁論の全趣旨)からすると、昭和三五年当時、右安全衛生冊子がさく岩機、チッピングハンマー及び鋲打機以外にどのような振動工具を予測していたのか不明であり、当時の振動障害に対する社会的認識、産業界における対応を考慮すると、一審原告らが使用していた振動工具を前提に一審原告らが主張する振動障害の発生を予見することはできなかったというべきである。よって、一審原告らの前記主張は採用しない。」
3 同三一〇頁七行目冒頭の「3」を「4」と改める。
第七一審被告の不法行為責任
原判決理由欄の「第七 被告の不法行為責任」欄記載のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
第八因果関係の存否
原判決理由欄の「第八 因果関係の存否」欄記載のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
第九一審被告主張の慰謝料算定上の斟酌事由
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第九 被告主張の慰謝料算定上の斟酌事由」欄記載のうち尹斗三及び岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三一八頁一一行目)末尾に続いて、以下のとおり加える。
「特に、一審原告らは、雇用の機会の乏しい六五歳を超える高齢になっても、就業を前提とした休業補償給付(休業特別支給金を含む。)及び障害補償給付を受給しており、これらの事情は慰謝料算定に際し、十分斟酌すべきである旨主張する(事実欄第二の二(総論関係)2(七)参照)。」
2 同三一九頁五行目末尾に続いて、以下のとおり加える。
「さらに、労災保険により労働者に対し支給される休業特別支給金は、被災労働者の療養生活の援助等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、業務災害による労働者の損害をてん補する性質を有する労災保険法による保険給付とは異なるものであるので、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害から控除できない(最高裁判所平成六年(オ)第九九二号同八年二月二三日第二小法廷判決民集五〇巻二号二四八頁参照)ことからすると、精神上の損害をてん補する目的を有するものでないことは明らかである。」
第一〇一審原告ら従業員各人について
一 一審原告康華
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの一審原告康華に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三二五頁一行目から二行目にかけての「前掲各証拠」の次に「及び<証拠略>」を、同頁三行目の「在籍していた事実」の次に「のほかに一審原告吉野秋吉が昭和四五年ころE棟に移ったとき一審原告康華は既にE棟で働いており、そのころ知り合いとなったこと、柳鉄工所が昭和四九年ころ一審被告神戸造船所から手を引く話が出たことから一審原告康華は共栄工業のボーシンをしていた一審原告吉野秋吉の世話で共栄工業に就職できたことの各事実」を、同頁四行目の「採用しない。」の次に、「したがって、一審原告康華が昭和五〇年から二年余り共栄工業に在籍していたにすぎないことを理由に同人に振動被曝がないとの一審被告の主張は採用しない。」をそれぞれ加える。
2 同三二五頁九行目末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審原告康華の従事していたシリンダージャケットの製造は、二人がかりで約三日かけてようやく仕上がるために、一審原告康華は、ほとんど一日中振動工具を使用していた。」
3 同三二六頁一一行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審被告は、一審原告康華にレイノー現象が出現したか疑わしい旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)1(二)(2)ア参照)。しかし、内田敬止医師の昭和五四年八月三〇日の診断結果によると、同医師は一審原告康華の両手の全指にレイノー現象が出現したことをカラー写真で確認しており(<証拠略>)、昭和五四年二月二一日現在の一審原告康華の自覚症状調査においても、五年くらい前から冬には毎日のように両手の第二ないし第五指が白くなることがあるとなっており、その出現部位は、第一指を除けば、内田敬止医師の確認部位とほぼ同じである(<証拠略>)。有村・林鑑定によれば、一審原告康華は、同鑑定の診察時(八三歳)の問診において、レイノー現象が、最盛時には、右手第三ないし第五指から一部手掌までと左手第二ないし第四指に出現し、四季を通じて出ていたと述べている。いずれも、両手にレイノー現象が出現したことは一貫して述べられており、ただ、同鑑定の右問診がレイノー現象出現から約二〇年以上経過した後に行われたもので、一審原告康華の年齢を考慮すれば、その正確性を欠くことはやむを得ず、むしろ、より記憶の鮮明な昭和五四年当時の内田敬止医師の確認及び自覚症状調査の結果がより信用性が高いといえる。そうすると、一審原告康華のレイノー現象は、ほとんど同じ部位に出現していたといえるのであり、特に矛盾するような事情は存在せず、レイノー現象の存在を疑う理由はないから、一審被告の右主張は理由がない。」
4 同三二九頁六行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「(5) 一審被告は、当審の鑑定結果に基づき、一審原告康華には本件三障害は存在していなかったか、存在していたとしても障害の程度は軽微であった旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)1(二)(2)参照)。
まず、本件三障害のうちの末梢循環障害、特にレイノー現象が出現していたことについては前記認定のとおりである。
次に、末梢神経障害の有無等につき、有村・林鑑定は、痛覚検査では感覚鈍麻が認められるが、一審原告康華の応答が不確実であったため、感覚障害の存在とその分布の判定は困難であること、客観的な検査である末梢神経伝導速度検査はすべて正常であり、明らかな末梢神経障害は認められないとしている。しかし、有村・林鑑定は、診察時の段階での末梢神経伝導速度検査から明らかな末梢神経障害が認められないとしているにすぎないのであり、診察時において一審原告康華には末梢神経障害がないということ以上の判断を下しているものとはいえない。したがって、有村・林鑑定から、直ちに一審原告康華には末梢神経障害がなかったとはいえないし、まして同障害の程度がどの程度であったかまで認定できるものではない。樋端・三宅鑑定は、一審原告康華の両手指や上肢に広範囲にしびれが存在していたことが推測されるとし、その病態は、成因として一般的には個体の特性や年齢要素が考えられ、振動障害ではないとされている変形性頸椎症及び頸部椎間板ヘルニアによる末梢神経障害(樋端・三宅鑑定のいう第三のタイプ)が考えられるが、振動の物理的刺激による直接機械的な影響の上に末梢循環障害による神経の損傷が加わったものと考えられる多発神経炎型の末梢神経障害(樋端・三宅鑑定のいう第一のタイプ)が重複していたが、治療により改善した可能性が最も高いとしている。樋端・三宅鑑定は、変形性頸椎症及び頸部椎間板ヘルニアによる末梢神経障害(第三のタイプ)が考えられるとしながら、多発神経炎型の末梢神経障害(第一のタイプ)が重複していたとする根拠は、樋端・三宅鑑定の経過からしても必ずしも定かではなく、直ちに採用することはできない。そうすると、むしろ、前記認定のとおり(原判決三二六頁以下参照)、内田敬止医師の所見により一審原告康華には、末梢神経障害があったと認めるのが相当である。
最後に、運動器(骨・関節系)障害について検討する。当審の鑑定の結果(有村・林鑑定、樋端・三宅鑑定)によると、一審原告康華の肩関節の自動運動範囲は屈曲と外転が軽度に制限され、肘関節のそれは進展が軽度に制限され、手関節は年齢を考慮するとほぼ正常の範囲であること、エックス線検査結果においては、肘関節につき右上腕骨外顆部外側に石灰化像を認めるが、変形性関節症の所見は認められず、手・指関節については月状骨に左右とも小嚢胞形成が多数認められたというものである。そこで、有村・林鑑定は、一審原告康華の肘関節及び前腕の軽度の運動制限は年齢を考慮すると正常範囲と考えられ、エックス線写真上も変形性関節症の所見はない、手関節の軽度の運動制限も年齢を考慮すると正常範囲と考えられ、エックス線写真上、手月状骨に多数小嚢胞形成を認められるものの、骨の扁平化などの変形はなく、関節裂隙も正常で変形性関節症の所見は明らかでなく、月状骨の小嚢胞形成症状を呈するに至らない変化にすぎないから、振動障害によると思われる障害は認められないとしている。他方、樋端・三宅鑑定は、手関節では左右に多数の小嚢胞形成が、肘関節では可動域の障害や上腕骨外顆炎の所見が、肩関節では肩関節周囲炎がそれぞれ認められ、上肢の痛みは、これらの障害に基づく症状と理解され、肩関節周囲炎は、単なる加齢現象ではなく、工具の保持などの労働に関連した障害であり、両側手根部の月状骨には振動障害で多く見られる所見である多数の小嚢胞形成が確認されたとしている。右の両鑑定によれば、少なくとも、肘関節の可動域に制限があること、月状骨に小嚢胞形成のあることが確認されている。ところで、証拠(<証拠略>)によれば、昭和六〇年二月五日当時、一審原告康華の自覚症状として、項部に疼痛があり、肩こりがあるとしているほかは肩関節、肘部、前腕、手関節、指関節等に疼痛を訴えていないこと、左右の肘関節に可動域の制限があるが、肩関節には右制限はないこと、尺骨神経溝骨増殖が左右にあるとされていること、レントゲン検査結果は肩関節に変形がないとされているが、頸椎・肘関節・手関節等には変形ありとされているが著名(ママ)な変化ではないとされていることを認めることができる。一審原告康華は、一審被告神戸造船所での就労を辞めてからは、就労していないのであるから、一審原告康華の肘関節の可動域に制限がいまなお存在していることは、少なくとも昭和六〇年二月五日当時の左右の肩関節の可動域の制限が今日まで持続しているものと推認できるし、同人の月状骨に小嚢胞形成のあることは、一審原告康華が振動工具を使用していたことを示唆するものと理解できなくはない。そうすると、一審原告康華には、右認定程度の運動器(骨・関節系)障害は存在したが、その程度は、同人が疼痛を訴えていないことからして、その程度は軽度であったものと推認される。なお、一審原告康華の運動機能検査において、中等度異常ないし重度異常の結果が出ているが(原判決三二八頁参照)、その具体的な程度は定かではなく、検査事項からしても、右推認を左右するものではない。」
5 同三二九頁九行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、共栄工業が自ら必要な工具を使用・管理していたこと、一審被告神戸造船所内において専用の作業所を有していたこと、共栄工業の社員は一審被告の本工から直接指示を受けることはなかったこと、作業形態も一審被告本工と共栄工業社員とが一つの作業をそれぞれ担当することはなかったことから、一審被告は共栄工業の社員に対して安全配慮義務を負う関係にはない旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)1(二)(3)参照)。しかし、そもそも共栄工業は、一審被告神戸造船所構内の一角において、造船に向けての作業を担当していたものであるところ、共栄工業が専用の作業所を有していたとしてもあくまでも一審被告神戸造船所構内であり、共栄工業としても、工具を別にすれば、一審被告神戸造船所の設備を使用していたといえること、一審被告の作業指示は、一審被告の作業長が共栄工業のボーシンに対して行い、ボーシンが共栄工業の社員にその旨を伝達することになっていたもので、製品仕上げに時間を要するような場合にはボーシンが作業長に交渉するなどしていたものの、共栄工業独自の指揮監督を受けるような状況ではなかったこと(<証拠略>、弁論の全趣旨)、共栄工業社員の担当する作業内容は、後記認定の本工であった亡山下数男、一審原告悦正禎、亡久保重彦及び亡明石正三郎らの振動工具を使用しての作業内容と大差がないといえることのほか、前記認定のとおり、一審原告康華は、共栄工業に就職する前は一審被告の下請である柳鉄工所に在籍し、一審被告神戸造船所構内のE棟において社外工として勤務していたことからすると、一審被告が社外工である一審原告康華に対して、昭和四五年以降の安全配慮義務違反に基づき賠償責任を負うべきことは、前記説示のとおりであり、一審被告の右主張は理由がない。」
6 同三三三頁二行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、一審原告康華の振動曝露による症状は全身に及びその程度は重いから、慰謝料額三〇〇万円は低額である旨主張する。しかし、一審原告康華の症状は、前記認定のとおりであり(原判決三二六頁以下参照)、一審原告らにおいて、その症状の程度につき、右認定以上に具体的な立証はなく、さらに有村・林鑑定によると、一審原告康華は、最近ではレイノー現象は出ないし、しびれもないというのであるから、一審原告らの右主張は採用できない。」
二 亡山下数男
原判決三四三頁一〇行目の次に以下のとおり加えるほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの亡山下数男に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
「(3) 一審原告らは、亡山下数男が左手第一指を欠損したために不自然な作業姿勢を強いられ、そのためにさらに長時間の労働を強いられたことから、本件三障害と亡山下数男の振動曝露との間には事実的因果関係がある旨主張する。しかし、仮に、亡山下数男の作業姿勢が不自然なものであったとしても、前記認定のとおり(原判決三三五頁以下参照)、亡山下数男は、チッピングハンマーやピーニングハンマーを使用することはあったものの、その把持に際しては支障があり、長時間にわたっての使用は困難であったから、一定期間振動工具を使用して一定量の振動に被曝し、その結果、本件三障害が発症したとはすぐにはいえない。したがって、一審原告らの右主張は採用しない。
(4) さらに、一審原告らは、亡山下数男にはレイノー現象、手足のしびれ感があり、さらに肘関節の変形があるから、本件三障害と亡山下数男の振動曝露との間には事実的因果関係がある旨主張する。しかし、亡山下数男には、末梢血管造影の結果、尺骨動脈系の閉塞、指動脈の末梢の屈曲蛇行が著明、静脈系の拡張が認められていたことからすると、亡山下数男には動脈硬化が認められる(<証拠・人証略>)のであり、さらに亡山下数男が脳卒中で死亡している(<証拠略>)ことからすると、亡山下数男の動脈硬化は全身に及んでいたとも考えられる。したがって、亡山下数男のレイノー現象などの末梢循環障害は、動脈硬化による閉塞性の動脈疾患等に起因する可能性が大きいといわなければならない(<証拠略>)から、亡山下数男のレイノー現象など末梢循環障害が本件振動曝露に起因するとまではいい難い。次に、亡山下数男の訴える手腕や肩のしびれは著明ではなく、尺骨神経麻痺もなく、尺骨神経伝導速度は未測定である(<証拠略>)ことから、亡山下数男の訴える右のしびれがあることをもって直ちに本件振動曝露に起因するものとは認め難い。また、亡山下数男の訴える首から肩にかけての痛みは、エックス線検査で頸椎に変形がある(<証拠略>)とされていることから、頸部脊椎症に基づくものと考えられ(<証拠略>)、亡山下数男の訴える右症状が本件振動曝露によるものとはすぐには認められない。最後に、亡山下数男には、エックス線検査の結果、肘関節に変形が認められるが、肘関節の可動域制限はないとされており(<証拠略>)、右変形の程度・部位は明確でなく、右事実から肘関節の変形が本件振動曝露によるものとはすぐには認められない。」
三 一審原告悦正禎
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの一審原告悦正禎に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三六二頁末行の「できない。」の次に「したがって、一審原告悦正禎の振動作業が二七年近くに及ぶことを前提として同人の本件三障害と本件振動曝露との因果関係を肯定すべきであるとの一審原告らの主張(事実欄第二の二(各論関係)3(一)参照)は、その前提となる事実が認められない以上すぐには肯定できないこととなる。」を加える。
2 同三六九頁末行の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、一審原告悦正禎のレイノー現象が第一指にのみ出現したものではなく昭和四八年以降両手の第一、第五指を除いた指に出現し昭和五九年ころまで頻繁に現れたこと、同人の振動作業が二七年近くに及んでいることから通常と異なる部位にレイノー現象が出現しても不自然ではないことを主張する(事実欄第二の二(各論関係)3(一)参照)。しかし、一審原告悦正禎が二七年近く振動作業に従事していたものでないこと、振動曝露によりレイノー現象が第一指に出現することがまれであることは前記認定のとおりであることからすると、一審原告悦正禎のレイノー現象は本件振動曝露を原因とするものとは認めるに足りないというべきであり、一審原告らの右主張は採用できない。」
3 同三七二頁四行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、痛覚検査及び振動覚検査の結果と一審原告悦正禎の二七年近い振動作業から一審原告悦正禎の末梢神経障害と本件振動曝露との間には相当因果関係がある旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)3(一)参照)。しかし、一審原告ら主張の検査結果によっても一審原告悦正禎に末梢神経障害が著明に認められないことは右に説示したとおりであり、さらに一審原告悦正禎が二七年近く振動作業に従事していたと認められないことは前記認定のとおりであるから、一審原告らの右主張は採用しない。」
四 亡平本良國
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの亡平本良國に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三八三頁七行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、亡平本良國が不自然な姿勢で作業していたからレイノー現象の発現部位も通常と異なる部位に発生したものである旨主張する(事実欄第二の二(各論関係4(一)(1)参照))。しかし、不自然な作業姿勢をしていたことから、レイノー現象が通常と異なる部位に発現することを的確に示す証拠はない。もっとも、樋端・三宅鑑定は、振動障害(本件三障害)が、労働基準法施行規則第三五条の別表第一の二の第三号の「身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する疾病」の三に掲げられ、右に関する昭和五三年労働省令第一一号の解説において、「使用する機械器具、又は取り扱う物とこれに関連した作業密度、作業姿勢、身体局所に加わる負荷等いわゆる『人間―機械(物)系』から生じる有害因子による疾病」と規定されている(樋端・三宅鑑定の補充書添付の資料1)ことから、振動のみを有害因子とすることなく振動工具を操作する作業態様も併せて検討する必要があるとしている。しかし、右添付の資料1によっても、本件三障害が「人間―機械(物)系」から生じる有害因子による疾病であるとされているが、その有害因子のうちの作業姿勢が本件三障害と明確に因果関係があるとされるのかは必ずしも定かではなく、むしろ、証拠(<証拠略>)によれば、本件三障害の認定基準の要件として「振動業務に相当期間従事した後に発生した疾病であること」という業務起因性の要件が挙げられ、その認定判断の際に、作業姿勢に留意するとしていることが認められることからすると、作業姿勢の点は、業務起因性に重点を置いて判断する要素とされているにすぎないと考えられる。さらに、振動工具を操作する作業姿勢と本件三障害との関係については、樋端・三宅鑑定によっても医学的見地から積極的な根拠を示しているものではなく、本件記録によっても、作業姿勢が本件三障害に影響を与えることを明らかにする医学的な根拠を的確に示す証拠もなく、まして、不自然な作業姿勢であることからレイノー現象が通常と異なる部位に発現することがあるとまで認める医学的根拠は見当たらない。したがって、一審原告らの右主張は採用しない。」
2 同三八五頁四行目末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審原告らは、亡平本良國の尺骨神経伝導速度検査及び末梢神経機能検査でいずれも異常所見が出ており、同人の末梢神経障害が著明である旨主張する(事実欄第二の二(各論関係4(一)(2)参照))。一審原告ら指摘のように、亡平本良國には、尺骨神経溝部での低下が右にあり、痛覚、振動覚に異常所見が出ている(<証拠略>)。しかし、一審原告ら指摘の痛覚、振動覚についての具体的な測定値で表しているものではなくその程度が必ずしも客観的ではないこと、亡平本良國には、鷲爪手、尺骨神経麻痺がなく、尺骨神経伝導速度の遅延も認められないこと(<証拠略>)からすると、同人の末梢神経障害が著明であるとまではいえない。」
3 同三八五頁一〇行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は亡平本良國の運動器(骨・関節系)障害には加齢要因が相当程度影響していたと考えられること、亡平本良國が一審被告神戸造船所入構以前の三〇年余りの長きにわたる苛酷な重筋労働に従事したと推定されることから、仮に同人が訴える運動器(骨・関節系)障害に骨・関節の変形が見られたとしても、加齢ないし重筋労働によるものと考えるべきである旨主張する。しかし、亡平本良國には肘関節の可動域制限が左に認められ、エックス線検査においても左に変形が認められている(<証拠略>)のであり、同人の前記作業歴及び振動工具使用状況を考慮すると、亡平本良國の本件運動器障害が専ら同人の加齢ないし重筋労働にのみ依拠しているものとまではいえない。したがって、一審被告の右主張は採用しない。」
4 同三八六頁一〇行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、亡平本良國の本件運動器障害の程度が軽微であること、振動障害ないし騒音性難聴の労災認定を受けて高額な金員を受領していることなどから、同人には損害がないか、あっても右の事情を慰謝料算定の際十分に斟酌すべきである旨主張する。亡平本良國の本件振動障害の程度が本件症度分類の軽度に分類されることは前記認定のとおりであり、そして、前記認定の諸事情を考慮すれば、慰謝料として二二〇万円が相当といえる。また、一審被告主張の労災認定を受けて金員を受領している点を斟酌すべきでないことは、前記説示(原判決三一八頁以下及び理由欄第九参照)のとおりである。」
五 一審原告齋木福右衞門
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの一審原告齋木福右衞門に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四一二頁一〇行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、一審原告齋木福右衞門が不自然な姿勢で作業をしていたので、通常と異なった部位にレイノー現象が出現しても不自然ではない旨主張する。しかし、一審原告らの右主張が採用できないことは、前記説示のとおり(理由欄第一〇の四参照)であるから、右のレイノー現象が本件振動曝露に起因するものとはいえないことになる。」
2 同四一四頁五行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審原告らは、飾森望医師の診断を尊重すべき旨主張するが、右診断を直ちに採用できないことは右に述べたとおりである。」
六 亡久保重彦
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの亡久保重彦に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四一八頁六行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「平成八年二月二四日 死亡」
2 同四二〇頁八行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審被告は、亡久保重彦にはレイノー現象が発現していなかった旨主張する(事実欄第二の二(各論関係6(二)参照))。しかし、亡久保重彦は、昭和四〇年ころから、冬に右手第二、第三指の第二関節までが青白くなりしびれや痛みを感じるようになった、当時はレイノー現象とは思わず炭火で暖めてから仕事をしていたと述べている(<証拠・人証略>)。また、内田敬止医師作成の振動障害診断票(<証拠略>)には、亡久保重彦のレイノー現象につき、自訴はあるが未確認としながら、レイノー現象発現部位として、亡久保重彦の右供述のとおりの部位が図で示されている(なお、<人証略>の証言中には、同証人が亡久保重彦のレイノー現象を自ら確認したかのように証言している部分があるが、<証拠略>の記載内容に照らし信用できない。)。さらに、内田敬止医師作成の昭和六〇年二月五日付け診断書(<証拠略>)には、亡久保重彦の総合的判断として、レイノー現象の発現を明確に認めると記載している。右によれば、亡久保重彦のレイノー現象発現部位は同人の前記供述内容と内田敬止医師により図示されたものとは一致していること、亡久保重彦はレイノー現象とは当初理解できておらず、レイノー現象の発現部位が狭かったために、手指を温めて就労していたため同人以外の者にレイノー現象の発現を見せる機会に乏しかったとも考えられ、同人のレイノー現象を確認した第三者がいないとしても不自然でないことからして、亡久保重彦にレイノー現象の発現があったということができ、一審被告の右主張は採用しない。」
3 同四二三頁一行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、亡久保重彦に対して安全配慮義務を肯定するためには、一審被告の負担する個別具体的な義務内容を特定すべきである旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)6(二)(3)参照)が、右主張が採用できないことは、前記説示(理由欄第五参照)のとおりである。
4 同四二三頁六行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審被告は、本件三障害を認定する各検査の結果が客観性に欠け参考となるにすぎない旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)6(二)(2)参照)。しかし、前記末梢循環機能検査、末梢神経機能検査及び運動機能検査の本件三障害を認定する各検査結果を考慮しないのは相当ではなく、亡久保重彦の症状等からすると、亡久保重彦には本件三障害の存在を認めることができるというべきである。」
5 同四二五頁七行目から八行目にかけての「同人の同現象は、」の次に「昭和四〇年ころに発現しており、少なくとも同人が昭和四九年に網膜動脈硬化症、高血圧症の診断を受けているにすぎないことからみても、」を加える。
6 同四二九頁一一行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審原告らは、亡久保重彦の末梢循環障害の四〇パーセントが同人の動脈硬化に起因すると認めたのは根拠がない旨主張するが、前記認定のとおり、亡久保重彦には昭和四九年に動脈硬化症が認められること、動脈硬化症によってもレイノー現象が発現することがあり得ること、亡久保重彦のレイノー現象は振動作業を離脱後一〇数年経過しても出現していること、その他前記認定の事実を考慮すると、亡久保重彦のレイノー現象を含む末梢循環障害のすべてが本件振動曝露に起因するとは認め難く、その四〇パーセントが亡久保重彦の動脈硬化に起因すると認めるのが相当であり、一審原告らの右主張は採用しない。」
七 一審原告吉野秋吉
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの一審原告吉野秋吉に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四三七頁一行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「(6) 一審被告は、当審の鑑定結果を踏まえて、一審原告吉野秋吉には本件三障害は存在しなかったか、存在したとしても障害の程度は軽微であった旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)7(二)(1)参照)。
まず、本件三障害のうちの末梢循環障害について検討する。当審の鑑定結果(有村・林鑑定、樋端・三宅鑑定)における末梢循環機能検査において、一審原告吉野秋吉の両手指皮膚温低値、サーモグラフィーで左手第五指の温度が低いとなっている。有村・林鑑定は、一審原告吉野秋吉の膝窩動脈と足背動脈が両側で全く触れず、右下肢挙上で蒼白化があることなどから、全身に広汎かつ高度な動脈硬化性変化が存在すると考えられるが、サーモグラフィーでの左手第五指のみ皮膚温低値が認められたこと、一審原告吉野秋吉が長期間にわたり振動工具を使用しレイノー現象も出現していたと訴えていることから、振動障害による影響も一〇〇パーセント否定できないとしている。樋端・三宅鑑定は、一審原告吉野秋吉にはかつて夏でもレイノー現象が出現していたことからかなりの重傷(ママ)であったことが窺われるとし、鑑定の際の右末梢循環機能検査から現在でも末梢循環障害が存在するといえるとし、一審原告吉野秋吉の下肢には動脈硬化性血管閉塞症が示唆されるが上肢にはそのような所見は存在しなかったとしている。右によれば、いずれにしても、一審原告吉野秋吉には現在でも末梢循環障害が存在するといえる。一審原告吉野秋吉は、有村・林鑑定の問診に際し、両手の冷えを感じ、最盛時には右手が冷えたときにしびれていた、レイノー現象は最盛時には両手の第二ないし第五指に冬出現していたが最近では出ないと述べている。さらに、前記認定の事実(原判決四三三頁以下参照)を総合すると、一審原告吉野秋吉にかつて存在していた末梢循環障害が、当審での鑑定の際に、同人の左手第五指になお存在し続けているものと認められる。なお、一審被告は、一審原告吉野秋吉の末梢循環障害の程度は軽微であった旨主張するが、右説示のとおり、当審での鑑定時には、一審原告吉野秋吉の症状はかなり軽減していたといえるから、同人のかつての症状の程度を判断するにつき、右主張に沿う有村・林鑑定をすぐに採用できるものではない。
次に、末梢神経障害について検討する。当審の鑑定結果(有村・林鑑定、樋端・三宅鑑定)における末梢神経機能検査においては、両手指軽度痛覚低下、左手指振動覚低下、右手握力、タッピング低値、末梢神経(左右正中、尺骨神経)伝導速度検査においては伝導速度の低下はなかった。有村・林鑑定は、一審原告吉野秋吉の右手首から末梢に軽度の感覚障害があるが、客観的な検査である末梢神経伝導速度検査はすべて正常であるから、末梢神経障害はないか、あったとしても軽度であるとしているが、樋端・三宅鑑定は、問診においてしびれについては十分聴取し得なかったとしながら、上肢の疼痛が余りに顕著であり、しびれが隠されていた可能性が考えられ、過去にかなりの程度であった可能性も残されているとし、診察及び他覚検査所見で、両手指の痛覚低下、左手指の振動覚低下及び手首から末梢の軽度の感覚障害(手根管症候群、肘部管症候群を疑わせる所見)が認められることから、現在も末梢神経障害が存在すると考えられるとしている。同鑑定によれば、一審原告吉野秋吉には、末梢神経障害が存在すると認められる。一審被告は、客観的な検査である末梢神経伝導速度検査においては正常であったことを強調して一審原告吉野秋吉には末梢神経障害がなかった旨主張し、有村・林鑑定も同旨であるが、そのほかの末梢神経機能検査を無視して末梢神経伝導速度検査にのみ依拠するのは相当ではなく、前記認定の事実(原判決四三三頁以下参照)を総合すると、右末梢循環障害について述べたのと同様、一審原告吉野秋吉にかつて存在していた末梢神経障害が、当審での鑑定の際に、同人になお存在し続けているものと認められる。なお、一審被告は、一審原告吉野秋吉の末梢神経障害の程度も軽微であった旨主張するが、右末梢循環障害において述べたのと同様の理由で、すぐには採用できない。
最後に、運動器(骨・関節系)障害について検討する。当審の鑑定結果(有村・林鑑定、樋端・三宅鑑定)において、一審原告吉野秋吉の右肘関節のうち右の伸展が制限され屈曲も軽度に制限され、手関節も右の背屈と掌屈が制限され、エックス線検査において右肘関節に骨棘形成があり、右手にキーンベック病がありそれに続発する変形性手関節症である右手関節裂隙狭小、軟骨下骨硬化ありとなっている。有村・林鑑定は、右肘関節及び前腕の運動制限は、中枢の神経障害等に由来するものと考えられ、エックス線写真上も変形性関節症の所見は認めないとし、右手関節の運動制限も主として中枢の神経障害に由来するものと考えられ、エックス線写真上キーンベック病を認めそれに続発したと思われる間接裂隙の狭小化や軟骨下骨硬化の所見を認め、キーンベック病とそれに続発した変形性関節症による痛みと運動制限が存在した可能性があるとしている。樋端・三宅鑑定は、右手関節部においては月状骨軟化症及び変形性手関節症が認められ、右上腕においては上腕二頭筋などの屈曲筋群の障害、そしてさらに両肩関節周囲炎の所見が認められ、右頸部、右背部、右肩など右側の上肢帯から上腕にかけての顕著な痛みが訴えられ、これらの症状は患者からの問診によると就業中の昭和四七年ころから自覚され、その後次第に増悪し、このために昭和五二年四月以後、休業し入院して治療を受けているというのであり、その起こり方は緩慢かつ次第に増悪した経過から考えて、右上肢帯を中心とする『筋肉』あるいは『腱』の炎症の結果であったと考えられるが、振動障害を本件三障害の範囲に限定するなら、一審原告吉野秋吉の右障害は振動障害とまったく無関係な障害となるとしている。右によれば、当審の鑑定結果においても、少なくとも、一審原告吉野秋吉には右手関節の運動制限を認めることができる。」
2 同四三七頁四行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、一審原告吉野秋吉が一審被告神戸造船所に専用作業場を有していた共栄工業に勤務し、共栄工業の工具等を使用し一審被告から工具等を受けることもなく、またボーシンとして勤務し一審被告の本工と作業内容を異にしていたことから、一審被告に安全配慮義務はない旨主張する。しかし、前記認定説示のとおり(理由欄第一〇の一5参照)、共栄工業としても一審被告神戸造船所の設備を使用していたといえること、一審被告のボーシンに対する作業指示は、共栄工業独自の指揮監督よりも強かったことが窺われることのほか、一審原告吉野秋吉はボーシンであったが振動工具も使用し、それまで以上に密度の濃い作業を強いられたこと(<証拠略>のほか原判決四三一頁以下参照)からすると、一審被告の右主張は理由がない。」
3 同四三九頁二行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「さらに、一審被告は、有村・林鑑定及び樋端・三宅鑑定が一審原告吉野秋吉の末梢循環障害と本件振動曝露との因果関係を否定できないとしていることにつき、一審原告吉野秋吉が振動障害を発生せしめる程の振動曝露にさらされていない、同人の末梢循環障害は同人の動脈硬化性変化によるものである旨主張する。
しかし、一審原告吉野秋吉は振動工具を使用し長時間就労していたこと(<証拠略>)、樋端・三宅鑑定によれば、一審原告吉野秋吉の下肢には動脈硬化性血管閉塞症が示唆されるが上肢にはそのような所見は存在しなかったとしており、一審原告吉野秋吉に全身に及ぶ動脈硬化性変化があったとまでただちには認め難いことからすると、一審被告の右主張をすぐには採用できない。」
4 同四四〇頁一〇行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、当審での鑑定結果を踏まえ、一審原告吉野秋吉には末梢神経障害がないか、あっても軽微で本件振動曝露以外の原因によるものである旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)7(二)(1)イ参照)。しかし、当審の鑑定結果を考慮しても、一審原告吉野秋吉には末梢神経障害の存在が認められ、右は一審原告吉野秋吉にかつて存在していた末梢神経障害が、当審での鑑定の際に、同人になお存在し続けているものと認められること、前記認定のとおり(理由欄第一〇の七1参照)であり、本件振動曝露以外の原因が推認できることは後記認定説示のとおり(原判決四四二頁以下参照)であるが、一審原告吉野秋吉の作業歴、工具使用状況、症状、治療経過等を総合考慮すると、一審原告吉野秋吉の末梢神経障害の原因として本件振動曝露を否定し難い。よって、一審被告の右主張は採用しない。」
5 同四四一頁八行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、当審の鑑定結果を踏まえ、一審原告吉野秋吉にみられる右肘関節、前腕及び右手関節の運動制限は、中枢神経障害に由来するものであり、エックス線写真上も変形性関節症の存在を認め得ないとして、本件振動曝露を原因とするものではない旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)7(二)(1)ウ参照)。ところで、一審被告提出の証拠(<証拠略>)によっても、一般に、骨、関節の変形は加齢によるのが主体でありこれに長期にわたる重筋労働や振動工具の使用など多種多様な原因によって修飾され、振動工具使用者においても、手関節・肘関節に加齢現象がみられ、その変化は振動工具の使用により修飾されることがあること、手関節の八個の手根骨のうち、一般的には月状骨、三角骨、舟状骨に変化が起きやすいとされていること、肘関節の変形は振動そのものだけによっておこることは考えにくく、振動工具使用時の圧迫力や衝撃によるものと考えられること、振動障害による特徴的な骨変化がないために、生活歴・既往歴の調査のほか、疼痛の出現する部位、その性質、単関節か多関節か、局所の発赤、腫脹、圧痛、運動時の雑音や疼痛、関節可動域の制限の有無やその程度を計測し、エックス線写真と比較対比し総合的に判断すべきであるとされていることを認めることができる。前記認定のとおり(原判決四三一頁以下参照)、一審原告吉野秋吉は、長期にわたり振動工具を使用し、右手腕を中心とする関節痛に悩まされ、昭和五〇年以降は痛みのためにチッピングハンマーを操作することができなくなり(<証拠略>)、飾森望医師作成の診断書(<証拠略>)によれば、一審原告吉野秋吉の手関節、指関節には疼痛があり、肘関節の疼痛は著明で、肘関節はエックス線写真上変形であることが認められる。これらのことを考慮すると、一審被告が主張し、有村・林鑑定がいうように、一審原告吉野秋吉にみられる右肘関節、前腕及び右手関節の運動制限が中枢神経障害に由来するものであるとすることのみでは、振動曝露によることを完全に排除できる根拠を明らかにしていないというほかなく、一審被告の右主張は採用できない。」
6 同四四三頁一二行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、一審原告吉野秋吉の末梢神経障害の症状が極めて重篤で頑固であることから、頸椎症の寄与を五〇パーセントも認めるべきではない旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)7(一)(2)参照)。しかし、一審原告吉野秋吉の末梢神経障害の症状が重篤であるとしても、そのことからその原因のほとんどを本件振動曝露によるものと認めることができないことは、前記認定説示のとおり(原判決四四二頁以下参照)である。」
7 同四四四頁一〇行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審被告は、一審原告吉野秋吉には振動障害が存在しないか、存在しても軽微であり、さらに、同人が労災認定を受けて多額の金員を既に受領し、本件と全く同じ機会(ママ)の作業の際の騒音性難聴に罹患したとして一審被告から損害賠償金を受領しているほか、一審原告吉野秋吉の末梢神経障害及び運動器(骨・関節系)障害の原因が本件振動障害のみでないとして、それらの事情を十分斟酌すべき旨主張する。しかし、一審原告吉野秋吉の障害の程度が本件症度分類の中等度に該当し(原判決四四四頁参照)軽微といえないことは前記認定のとおりであり、同人が労災認定を受けて金員を受領していること及び難聴に罹患したとして損害賠償金を受領していることを考慮すべきでないことも前記説示のとおり(原判決三一八頁以下、理由欄第九参照)であり、さらに一審原告吉野秋吉の運動器(骨・関節系)障害の原因が肉体労働のみによるものとまでは認め難い。そして、以上認定の諸般の事情を考慮して、同人の慰謝料額を二四〇万円と認めるのが相当である。」
八 一審原告石黒重範
以下のとおり、付加、訂正するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの一審原告石黒重範に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四四四頁一二行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加え、同四四六頁三行の「昭和四八年一月」を「昭和四七年八月」と改める。
2 同四五一頁二行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「(5) 一審被告は、当審での鑑定結果を踏まえ、一審原告石黒重範には本件三障害は認められない旨主張する。
まず、末梢循環障害について検討する。有村・林鑑定は、一審原告石黒重範のサーモグラフィーによる末梢循環機能検査は正常であり、また診察上も他覚的な末梢循環障害は認められないが、問診上、レイノー現象を訴えているため、末梢循環障害の存在を必ずしも否定できないが、日常生活に及ぼす支障はないか、あったとしても軽度としている。樋端・三宅鑑定は、問診上、一審原告石黒重範が過去に両側手指にレイノー現象の存在、両側手指の冷え、寒い時の手のしびれがあったこと、現在では、これらの諸症状はほぼ改善し、冬に両手指の先端が白くなることが時にあることを訴えているほか、皮膚温は常温下では正常であるが、冷却負荷後の軽度の回復遅延が認められたとして、過去には、明らかに末梢循環障害が存在し、現在においてもその障害は軽度に残存していると考えられるとしている。右によれば、樋端・三宅鑑定が、皮膚温検査で軽度の回復遅延を認めるとするほかは、一審原告石黒重範に対する問診の結果、レイノー現象を含む末梢循環障害が存在したとしているにすぎない。皮膚温検査で軽度の回復遅延があることのみから一審原告石黒重範にかつて末梢循環障害が存在したとまではすぐにはいえないし、一審原告石黒重範に対する問診の結果以上に客観的な検査結果はなく、いずれにしても、有村・林鑑定及び樋端・三宅鑑定によって、直ちに一審原告石黒重範にはかつて末梢循環障害が存在したことが認められるものとはいい難い。しかし、内田敬止医師が一審原告石黒重範のレイノー現象を確認していること、そのころの同医師作成の昭和六〇年二月五日付け診断書(<証拠略>)の診断結果は、前記認定のとおり(原判決四四八頁以下参照)であり、右診断結果等は信用できるといえるから、一審原告石黒重範にはレイノー現象を含む末梢循環障害があったといえる。
次に末梢神経障害について検討する。有村・林鑑定は、一審原告石黒重範の右前腕~手部尺側に触覚低下を認めるが、分節性であり、頸椎エックス線所見で高度の変形性頸椎症が認められ、かつMRI検査では著しい頸髄の圧迫・変性を認められたことから頸髄及び頸髄神経根障害によるものと考えられ、また末梢神経伝導速度検査はすべて正常であることから末梢神経障害の存在は認められないとしている。樋端・三宅鑑定は、問診上、一審原告石黒重範には両手指のしびれが最盛時には冬に両手全体にあり、現在でも時々あると訴え、検査では、両側の痛覚機能低下がみられたが、このような障害は振動障害と矛盾はなく、過去には、明らかに末梢神経障害が存在し、現在でも軽度に障害が残存していると考えられるとしている。樋端・三宅鑑定は、問診以外に、検査結果の両側痛覚機能低下について、振動障害と矛盾しないという以上に具体的な理由を述べたものではなくすぐには採用できない。そうすると、少なくとも、当審の鑑定の際には、一審原告石黒重範には末梢神経障害が存在しなかったというほかない。しかし、このことから、一審原告石黒重範にかつて末梢神経障害が存在しなかったとまで断言できるものではない。前記認定のとおり(原判決四四七頁以下参照)、一審原告石黒重範に末梢神経障害があったことは明らかである。
最後に運動器(骨・関節系)障害について検討する。有村・林鑑定は、一審原告石黒重範の左肘関節に軽い屈曲制限があり、同人が両側上腕骨外顆部に圧痛を訴えるが、エックス線写真上、変形性関節症の所見は認められず、肘部の痛みと運動制限は上腕骨外顆炎を含む加齢変化によるものと考えられ、手関節に軽い運動制限があるが、エックス線写真上、変形性関節症の所見は認められず加齢変化によるものと考えられ、振動障害によると恩(ママ)われる障害は認められないとしている。樋端・三宅鑑定は、一審原告石黒重範の痛みは項部、両肩、両肘、右手指にあり、同人は現在でも両肩と両肘が痛いと訴え、現在確認できる上肢の異常所見は、両側上腕骨外顆炎による肘部の痛み、両側の肩関節周囲炎による肩部の痛みであるが、これらの障害は振動障害として矛盾はないとし、一審原告石黒重範には、過去に明らかに運動器の障害が存在し、現在においてもその障害は軽度に残存していると考えられるとしている。右によれば、一審原告石黒重範には、現在、少なくとも、左肘関節に軽度の屈曲制限が認められる。有村・林鑑定は、加齢現象であるとするが、前記認定のとおり(原判決四四七頁以下参照)、一審原告石黒重範は、かなり以前から関節痛を訴え、内田敬止医師も一審原告石黒重範の左肘関節の可動域に制限がある旨の診断をしており、これらのことを考慮すると、一審原告石黒重範の左肘関節の屈曲制限は、単に加齢現象にすぎないということはできないというべきである。」
3 同四五一頁五行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審被告は、一審原告石黒重範が共栄工業や神戸溶接興業に雇われ一審被告神戸造船所構内で下請工として就労していたにすぎないから、安全配慮義務を負わない旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)8(二)(2)参照)。しかし、一審被告が下請工である一審原告石黒重範に対し安全配慮義務を負うべきことは、前記説示(原判決二八七頁以下参照)のほか、一審原告康泰華について説示したとおりであるから、一審被告の右主張は採用しない。」
4 同四五三頁末行の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、当審の鑑定結果を踏まえ、一審原告石黒重範の末梢循環障害が振動工具によるものである旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)8(一)(2)ア参照)。しかし、前記判示のとおり、当審の鑑定結果(有村・林鑑定及び樋端・三宅鑑定)によって、直ちに一審原告石黒重範にはかつて末梢循環障害が存在したことが認められるものとはいい難いのであり、当審の鑑定結果を根拠として、一審原告石黒重範の末梢循環障害が、振動工具使用によるものであると認めることはできないから、一審原告らの右主張は採用しない。」
5 同四五四頁四行目の「被告は、」の次に「当審の鑑定結果をも踏まえて、」を加える。
6 同四五六頁七行目の次に改行の上、以下のとおり加える。
「一審原告らは、当審の鑑定結果、特に樋端・三宅鑑定を根拠に、一審原告石黒重範の右末梢神経障害が著明である旨主張する(事実欄第二の二(各論関係)8(一)(2)イ参照)。しかし、前記説示のとおり、少なくとも、当審の鑑定の際には、一審原告石黒重範には末梢神経障害が存在しなかったというべきであるから、当審の鑑定結果を根拠にして一審原告石黒重範の右末梢神経障害が著明であるとはいえないから、一審原告らの右主張は採用しない。」
九 亡明石正三郎
以下のとおり、付加するほかは、原判決理由欄の「第一〇 原告ら従業員各人について」欄のうちの亡明石正三郎に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四六八頁八行目の末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審原告らは、レイノー現象の発現部位が典型的な部位に限られるものではない旨主張する。しかし、振動曝露によるレイノー現象の発現部位が、第一指にまで及ぶことが非常にまれであることは前記認定のとおり(原判決三六九頁参照)であり、一審原告らの右主張は採用しない。」
2 同四七〇頁五行目末尾に続いて、以下のとおり加える。
「一審原告らは、亡明石正三郎が労災認定を受けたことを強調して、同人の振動曝露と本件三障害との因果関係を認めるべきである旨主張するが、右主張をすぐに採用することができないことは、前記説示のとおり(原判決三一五頁以下参照)である。」
第一一弁護士費用
原判決理由欄の「第一一 弁護士費用」欄記載のうち岡照夫を除く一審原告らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。
第一二結論
以上によれば、一審原告らの本訴請求は、原判決の認容した限度で正当であるとして認容し、その余は棄却すべきものであるから、本件各控訴をいずれも棄却することとし、なお原判決主文中の一審原告のうちの「康泰華」とあるのは「康華」の、「斉木福右ヱ門」とあるのは「齋木福右衞門」の誤記と認められるので同人らの氏名をそれぞれ「康華」「齋木福右衞門」と、原判決主文中「一審原告久保重彦」とあるのは、同人が死亡し遺産分割の結果唯一の相続人となった久保勝實が訴訟を承継したので「亡久保重彦訴訟承継人久保勝實」とそれぞれ更正の上、主文のとおり判決する。
なお、当審における一審被告の民事訴訟法二六〇条二項の申立ては、本案判決の変更されないことを解除条件とするものというべきであるから、これについては判断を示さない。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 裁判官 横山光雄)